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猫に小判、抹茶に羊羹

役に立つことは多分ない。美味なるものには毒がある

「高め合う」の胡散臭さ

 「互いに高め合う恋愛」などという言葉を目にすることがある。「互いを高め合う」だの「一緒に高め合う」だの「成長しあう」だのと形を変えることもある。

 しかし、それってどういう意味なのだろう。そう思って検索してみると、結局みんな適当なことを言ってるだけ。例によって「一瞬わかるような気がするだけで、実はまったく意味不明な、’雰囲気語’」の類だろう。

 面白いのはこうした言葉を吐くのはほとんどが女性であるということ。男性側から「互いに高め合うような恋愛がしたい」なんていう言葉を聞くことはほとんど無いといっていい。

 

 相手のことを良く知るとか、相手のことをより思いやるといった類のことであるなら、別にあえて言うようなことでもないし、たぶん「高める」という表現はとらないだろう。

 自分が相手から得るものがある、相手の言動や考え方が自分では思いもよらぬものであって、より物事を深く考えたり、立ち振る舞いを見直すきっかけになるといったことを「自分自身を高める」というならまだ意味としては通りそうだが、ここでもう一点引っかかるのが「高め合うような恋愛が’したい’」という表現だ。

 

 もちろん、そうしたものを相手の中に見出したいという部分もあるだろうけども、そうした自分からの積極的なアクションだけではないものを感じるのだ。それは恐らく自分が愛されている感・・もっとシンプルに言ってしまえば、自分が心地よく、そして時には同性の友人に自慢のできるような満足感を得ることでもあるのだろう。

 

 ここまで来るとなんとなく読み解けてくる。つまり「自分から相手に向かうリスペクトと、相手から自分に向けられるものへの満足感」という二つを混ぜて「互い」という表現に繋がっていると考えるとしっくりくる。

 

 なるほど、この意味なら、この言葉を使うのがほぼ女性に限定されているということも良くわかる。

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 にある「結婚相手に求める条件」などを見ていても、女性はあれもこれもと要求が多い。

 男性の側の要望というのは「性格が合う」「思いやりを感じる」「癒される」といった、もので、それも5~7割程度。ベスト4以下は50%以下になってしまう。

  それに対して女性の側はというとべスト5のほぼ全てが50%以上。これより下はまだまだ続くのだろう。あれもこれも・・・見事なまでの強欲ぶりである。「意地汚い」と言っても良いのかもしれない。

  産まれてから甘やかされて育ってきたためなのか、女同士の横並び意識のせいなのか、本能のなせる業なのかわからないけれど、こうしたあれもこれも・・・と全部取りしたがる傾向は、他の分野でも良く見られる。セロトニンの分泌量が少なく、「満足する」ことが苦手だということもひとつの原意なのかもしれない。

 

 強欲じゃない!あくまでも相手と「お互いに」なのだと主張するのかもしれない。では、それを受け入れてみたらどうだろう。

 それはすなわち「自分の方がこんなに立派なんだから参考にしろ」だの「自分が相手に与えたものに満足しろ、喜べ」ってことになる。それは尊敬や感謝の押し売りである。実に傲慢きわまりない考え方である。

 

 「独りよがりで傲慢で強欲」これが「互いに高めう」という言葉の実体だと見て良いのだろう。